母体と胎児に安全な出生前診断を目指して
血液中の有核赤血球の回収・DNA分析システムの開発に成功
妊婦の血液中には、数は少ないが胎児の細が、妊娠初期から移行している。我が子の細胞とはいえ、先に紹介した免疫の原理からすると、自分の細胞ではないのだから、排除されて然るべきなのであるが、そうではない。実に不思議なことである。母の寛容というのであろうか、すでに母と児の細胞を介した双方向のコミユニケーシヨンが妊娠初期から始まっているのだろうと思われる。母親の血液紛れ込んでくる胎児の細胞は、本来赤血球に分化するべき血液細胞であるが、核を持つため(従ってDNAを持ち)NRBC(Nucleated Red Blood Cell有核赤血球)と呼はれている。このNRBCが、何故、母体血中区存在するか、その理由については不明であり、医科学的にも非常に興味深い。
金沢医科大学の高林教授グループの研究は、母体血中の出現する胎児のNRBCを、無数の赤血球や臼血球から分離し、そのDNAを調ベ、出生前の早い時期にDNA診断する技術を開発に成功した。金沢医科大学の中に作られた「FDD-MB Center」の名前は、Fetal(胎児の)DNA Diagnosis(DNA診断)−MB(from Maternal Blood:母体血)から来ていて、DNA診断により出生前診断を行おうとする、日本で最初の研究開発センターであり、高林教授はセンクー長である。近年、女性の出産年齢が高くなっていいて、高齢出産に関連して染色体の数的異常を持つ)新生児が生まれる確率が高くなっていることが知られている。從来から出生前診断は、羊水が増える妊娠15週位に、妊婦の腹部に細い針を刺し、羊水を吸い上げ、羊水中に浮かんでいる胎児の細胞について、染色体診断を行ってきたが、この方法では、母子ともに一定のリスクがある。高林プロジェクトでは、妊娠8週位の初期に、母親の血液約10mlの中に混在する胎児のNRBCを回収し、診断するという方法であり、羊水穿刺に比べて安全、なおかつ、妊婦の早い時期に診断結果がわかるため、心理的負担、対応等が軽くすむという利点がある。
しかしながら、母体血1ml中に1コ程度と、僅かにしか存在しない標的細胞NRBCを、共存する多くの母親由来の白血球(数百万個ml)、赤血球(数十億個ml)や血小板(数億個ml)から、回収するのは、「砂莫でダイヤモンドを探す」ほどに難しい技である。
高林プロジェクトでは、以前から、国立成育医療研究センター、昭和大学や一般財団法人医療情報推進機構(鈴木昭理事長)等とも連携し、研究協力など国内外の研究機関・企業との協力により、マイクロマニピュレータ搭載のNTBC自動探索·回收装置(写真)の自動化にも成功。この装置の精度を上げるべく、研究は現在もオールジャパン体制で進められている。
回収した胎児の有核赤血球細胞からは、DNAを抽出することにより、染色体の数的異常だけではなく、いろんな角度からのDNA分析により、遺伝病やその他の病気予測などが可能になる。この研究成果を事業化するために、平成22年2月FDD-MB Inc.が大学発ベンチャーとして設立された。染色体の数的異常の出生前診断をビジネス化することに注力してきたが、国立成育医療研究センター、昭和大学産婦人科や広く国内の医療機関の協力を仰ぎながら、2016年より、本格的な検査センター開設に向けて始動した。
このプロジェクトは、昨今の我が国の少子高齢化、隣国で実施されていた一人っ子政策や世界の高齢出産トレンドなどを反映し、「少数の子供を健康に、大事に生み育てる時代」にマッチした「時宜を得たプロジェクト」になっている。高林プロジェクトは、この意味から国際的・社会的ニーズに合致し、グローバルにも展開できる事業であると期待できる。そもそも平成9年8月にデンマーク・コペンハーゲンで開催された第15回国際産婦人科学会(FIGO97、世界各国から8,000人の産婦人専門医が参加した大規模国際学術会議)に於いて、この高林教授の研究発表が『最優秀賞』を受賞し話題となっているが、さらに研究発展を続け近年では平成22年秋(財)石川県産業創出支援機構主催の「革新的ベンチヤービジネスプランコンテストいしかわ」においてFDD-MB Inc.は最優秀起業家賞を受賞するなど、誠に時宜を得たというべきであろう。FDD-MBは、一方で最先端技術を駆使した診断ではあるが、人の技術、判断が重要であることから、認定技術者、研究者を金沢医科大学FDD-MB Centerで育てるユニークな「マイスター制度」が実施されている。日本で学ぶ研究者·技術者·留学生が世界で活躍する日を期待したいものである。
